anything ≒ objection

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2007.11.24 Saturday ... - / -
迷路でターン&ステップ
それで結局、わたしには何が出来るのだ?という認識は、危険である。「出来る」という言葉は凶暴なのだから、わたしにはこれしかない、ではなく、わたしはこれが出来る、という「能力」とは、客観的なものであるから、そういう認識はわたしをこわす。自分と他者、他者としての社会に考えをめぐらす、そんな晩秋の夜更け、だなんて、もうそんなこと本当はどうでもいいのだ、結局のところ何一つ考えてなんかいない。
結局わたしは何にもできないのだ、と思い至ることがおそろしいということ、そういう恐怖と直面したとき、わたしにとっての拠り所が渦をまいて排水溝のなかに吸い込まれているそういうイメージ、空想、目をつぶれば真っ暗で何も見えないのがこわかった。終電の駅のホーム。
何がいいたいのかよくわからなくて申し訳ないのだけれど、本人も全くわかっていなくて、書きたいことがあって、ことばをつかってつかまえてみたくて、書きたいことのまわりをぐるぐるまわって様子をうかがっているようなそんなかんじ。最近パスタがだいすきでパスタばかり食べていてランチもパスタで夜もパスタで、パスタっていってみるけれどもパスタとスパゲッティってどう違うの、っていうのは結構名言だったよね、というように思われて、差異のよくわからないことばをわたしたちは雰囲気にまかせて無自覚に使用する。そういうの全部自覚したい、けれど、そんなことをしたらこころがこわれてやってけない、っていうジレンマ。笑える?
いいよなあ。「自分にはこれがある」っていう認識、そこらへんが、どうしようもなくとてつもなく羨ましいのだし、それを受け止めてみたくって仕方がなかっただけなのだよ、下心などなかった。羨ましかっただけ。ああ今、脳細胞のひとつひとつがぷちぷちと音をたてながら眠りはじめるのが聞こえるのだけれど、書き足りないのだ、まだ書きたいことにはまったく辿り着いていないのにね。
2007.11.20 Tuesday ... comments(0) / trackbacks(0)
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2007.11.24 Saturday ... - / -
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