anything ≒ objection

RECOMMEND | CATEGORY | ARCHIVE | LINK | PROFILE
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

2007.11.24 Saturday ... - / -
開け放たれた窓は何を期待しているの
少女@ロボット
少女@ロボット
宮崎 誉子
昨日かった。場面転換のむちゃくちゃさ・なげやりなかんじにただ圧倒される。ミニマリズム!携帯小説もこのくらい計算して「脱小説」をあえてめざすべきなんじゃないか、中途半端に「小説」であろうとする姿勢が、「(自称)小説を愛するひとたち」に批判される所以なのじゃないかしらん、などとおもったけれど、まあ、これ途中までしか読んでいない。

毎日日記を書くということを実行していたところ、自分がからっぽになってしまったような気がした。一ヶ月やそこらでからっぽになるなんて、いかに自分の底が浅いのかっていうはなしなので、それはとてもはずかしいとおもう。はずかしいけれども、それで昨日は日記を書けなくなってしまったのだった。
今日は、朝ぎりぎりに起床して、なみだがこぼれて、ブルーな一日だということを実感して、無神経でいることと幸せになるということの関係性に思いを馳せ、おなかがすいたのでパンを食べて電車にのって、眩暈がする気持ちで働いて、休憩でサーモンがはいっているクリームパスタを食べて、パスタだけだとすくなさそうに思われたのでクッキーがはいっているマフィンまで食べて、午後もぐるぐるで働いて、ブルーな一日だということに間違いはなくて、なんだか涙がこぼれそうになって、でもこらえて、時間が終わって、帰宅。そんな一日。明日は仕事もおやすみなのでこないだ買った川端の『掌の小説』を読めるところまで読むかんじで眠りたいとおもっている。空は明日をはじめてしまうたとえわたしが息をとめても。
2007.11.24 Saturday ... comments(0) / trackbacks(0)
閑話休題とおもう
最近なんだか文章をだらだらと書くばかりだったため読んでいたり読んでいる途中だったり買ったり聴いたりしているものについて書こうとおもう。
Ditherer
Ditherer
Fog
もしかしたらこれについてまだ何も書いていなかったんじゃないかしらん、とおもう。(忘れているだけか?)LEXより今年のFogの新作で、Andrew Broaderの一人芝居じゃなくってバンド編成になった今作、メロディアスかつキャッチーなUSロックっていう印象ではあるのだけれど、へんなノイズがはいっていたりだとか曲展開だとか(別にものすごい変拍子っていうわけでもないのだけど)、キャッチーかつびみょうにへんな、その「へん」の匙加減が絶妙なのですきだなっておもう。すきなのだけど、今完全に自分内パワープレイの座はSubtle『Yell & Ice』にうばわれておる!(Subtleがすきすぎる!)
Apologies to the Queen Mary
Apologies to the Queen Mary
Wolf Parade
それでいま、このWolf ParadeのCDがほしすぎる。Subtle『Yell & Ice』2曲目の、Wolf Parade参加の曲がとてもすきだから、彼の声、ずっと聴いていたくなる。このあいだ家から一番ちかいタワーレコードに行ったのだけれどおいていなかったので、がっかりしちゃったな。ちなみにSubtle『Yell & Ice』のゲストミュージシャンたちは、もう既に書いたかもしれないけれど、TV on the RadioとかBracken(Hoodのひと)とかWhy?とかFogことAndrewとか、豪華かつわたしのつぼですので涎でる。こんなに豪華なのに限定CDらしい。(タワーレコードのPOPで見た)買ったほうがいいとおもう(しつこい)
掌の小説
掌の小説
川端 康成
川端康成を最近ずっと読んでいる。ことばの重さが重たすぎず軽すぎず、たとえば手にしっくりくるような優しいおもみなのだけれどそれでいてぬめっとして掴みどころがないような。『眠れる美女』の表題作だけとりあえず読み終わり、なんだか本を買いたくなってしまったので『雪国』『掌の小説』と買ったのだけれどまだ読んでいない。(だいぶ前に買った『みずうみ』も積読中!)「10代のころに読んでおかなければいけない小説」として太宰治などがよくあげられているけれど、川端はなんだかどろどろした人生経験をあらかじめ積んだあとでないと読んじゃあいけないのじゃないかしらん。大人むけですよね。

単純に能天気な大学生だけやっていればよかったころにくらべると、全体的に読書とか映画とか音楽とかの摂取量は減っている。とくに映画が壊滅的!映画っていうのは研究していたくらいですからわたしのこころの栄養でありポテンシャルの源でありふるさとなのよなあ。見ないとな。(でででも年明けのハーモニー・コリン最新作はもうすでにどきどきしつつ待っておりますよ。)音楽もsmall musicとか行かなくなってしまい、アンテナをはりめぐらせるほど暇でもなくって、同じのを何度も聴くような消費スタイルに……!これじゃあ人生に張り合いがないよなあ。唯一は読書なのだけれど、大きい本棚を買ったので本ばかり買っちゃう。買っても読むひまがそんなにないっていう。ちびちび読むけれども。でもわたしがぱたりと本屋さんでの散財をやめたらどこかの町のちいさな本屋さんが潰れるんじゃないかと。バタフライ効果。おすすめの音楽とか映画とか本とかがあるひとはなんでもいいからおしえてほしいとおもっている、おもえばそんなにおすすめされることってないかもしれぬ。おすすめとか聞き入れそうにないからなあ自分。でもおすすめってなんなのだろね。今気になる本はストリートノベル大賞系の本。福永信『アクロバット前夜』とか宮崎誉子とか。
2007.11.22 Thursday ... comments(0) / trackbacks(0)
苛立ちの正体?論考
ひとつ前の記事の焦りかたというか疲れかたというか、それがあたかも思春期のようなのだけれども大丈夫かしらね自分。
今日は、文章の「速度」について考えていて、ワープロもといパソコンで書いたものというのは、どうしても速度がはやくなりがちである。言葉ひとつひとつにゆるやかな重みがあるような、そういう文章っていうのは手書きじゃないとどうしても出てこないのではないかしらん。とおもって、それというのも手書きのときとパソコンのときでは、思考の速度もまったく異なってくるようにおもう。速さのある文章っていうのは、「今風」なのだとおもうやっぱり、舞城とか町田康とか川上未映子もだとおもうし。あの独特のビート感っていうの。でも舞城とか町田康とか川上未映子くらい、個性を発揮できる能力があればいいのだろうけれども、パソコン速度で書いたスピード文体は下手するとぺらぺらなのだし、「みんなおんなじ」に成り下がる。「なにか」を書き込めればいいのだろうけれども、下手をするとただ単に冗長な文章になる。と、いうことを危惧したいのだわたしは。文体とはいのちそのものであるから。こういうことを考えるのも最近、川端康成を読むのが多くなっていて、川端康成はあの日本語を推敲まできっちり手書きで書いて、「ことば」どころか「もじ」のひとつひとつにまで魂をこめてまさに身を削って書いていたのだという。それくらいしなければあれはちょっと、書けないよな。っていう、そういうことをおもうのだ。そしてわたしはパソコンで文章を書くのに慣れすぎたのか、手書きのときの思考の「ノロさ」が苦手で、手書きだとたどたどしい文章しか書けなくなってしまうのだ、普段こんなにもだらだらとどうでもいいことを書けるのに!パソコンは便利だしブログも便利なのだけれど、「書くこと」に対する愛っていうの、そういうものへの配慮のなさ、反省しなければいけないなあとおもう。(今日書いていることがいまいちよくつかめないかたは、言葉の湧き出るままにキーボードを叩けるくらいのブラインドタッチを身につけて、それから筆記用具をもってノートにむかってみてください、自分の文字の書く速度の遅さに苛立つのではないかとおもう、思考に手段が追いついてこなくて。それでも苛立ちをおぼえないかたは、手段に適した思考の速度の切り替えがうまくできているのだとおもう。きっと。だから何って言われてもこまるけれど。)
2007.11.21 Wednesday ... comments(0) / trackbacks(0)
迷路でターン&ステップ
それで結局、わたしには何が出来るのだ?という認識は、危険である。「出来る」という言葉は凶暴なのだから、わたしにはこれしかない、ではなく、わたしはこれが出来る、という「能力」とは、客観的なものであるから、そういう認識はわたしをこわす。自分と他者、他者としての社会に考えをめぐらす、そんな晩秋の夜更け、だなんて、もうそんなこと本当はどうでもいいのだ、結局のところ何一つ考えてなんかいない。
結局わたしは何にもできないのだ、と思い至ることがおそろしいということ、そういう恐怖と直面したとき、わたしにとっての拠り所が渦をまいて排水溝のなかに吸い込まれているそういうイメージ、空想、目をつぶれば真っ暗で何も見えないのがこわかった。終電の駅のホーム。
何がいいたいのかよくわからなくて申し訳ないのだけれど、本人も全くわかっていなくて、書きたいことがあって、ことばをつかってつかまえてみたくて、書きたいことのまわりをぐるぐるまわって様子をうかがっているようなそんなかんじ。最近パスタがだいすきでパスタばかり食べていてランチもパスタで夜もパスタで、パスタっていってみるけれどもパスタとスパゲッティってどう違うの、っていうのは結構名言だったよね、というように思われて、差異のよくわからないことばをわたしたちは雰囲気にまかせて無自覚に使用する。そういうの全部自覚したい、けれど、そんなことをしたらこころがこわれてやってけない、っていうジレンマ。笑える?
いいよなあ。「自分にはこれがある」っていう認識、そこらへんが、どうしようもなくとてつもなく羨ましいのだし、それを受け止めてみたくって仕方がなかっただけなのだよ、下心などなかった。羨ましかっただけ。ああ今、脳細胞のひとつひとつがぷちぷちと音をたてながら眠りはじめるのが聞こえるのだけれど、書き足りないのだ、まだ書きたいことにはまったく辿り着いていないのにね。
2007.11.20 Tuesday ... comments(0) / trackbacks(0)
反省文的(或いは、自己と他者の相克)
仕事帰りにアナザーエディションでネックレスを衝動買いしてきた、7000円くらいだったし、やすかったので、これくらい衝動買いしたってゆるされるだろうとおもった。アメリカンラグシーで見たがいこつのネックレスもかわいかったなあ、とおもうけれど、あれは30000円くらいしてたから衝動買いっていうのはできなかったのでした。さむくって仕方ないから帰りにスターバックスでクレームブリュレラテを飲んで、あたたかくて甘くってうとうとしそうになった。昨日くらいからぐんと寒くなった。
気付いたひとはいるのかいないのか知らないけれど、ブログを一瞬だけ休止状態にして、一部の記事を非公開にした。自己中心的だなあ、とかんがえたから。そもそも日記っていうのは自己中心的にならざるを得ない媒体であるとおもうのだけど、誰に見せるのか、誰に発信したいのか、っていう漠然とした「対象」は書くひとによって、それぞれにいるはずなのだとおもう。公開する日記っていう媒体は「対象」を想定することによって、自己中心的にならざるを得ない部分を曖昧にごまかすことができるのだとおもう、でもわたしが書いたものっていうのは感情的なあまりに「対象」が想定されていなくて、独りよがりな言いがかりに限りなく近いものであったので、このまま公開を続けるわけにはいかないなあとかんがえたのでした。誰かが読むことのできる場所に「書く」っていうのはもっと責任をもっておこなわなければいけない行為なのだなと、おもって、明日からはもっと冷静に文章を書く能力を養うためにがんばる。
2007.11.18 Sunday ... comments(0) / trackbacks(0)
自己嫌悪?肯定?(クエスチョン・マークの乱舞)
もうあしたは朝はやいのだし、眠りたいのだけど、何しろ書かないと落ち着かないので、ひとことだけさらっと書いておきたいとおもう。いつからはじまったのか知らないけれど、高島屋タイムズスクエアのクリスマスイルミネーションがはじまっていて、それをみて、ああもう年末商戦。とがっくり肩を落としたい気持ちになった。もう今年もおわる。何一つ叶えられずに、終わる終わる終わる!それがなんだかかなしかった、そういうかなしいという言葉とおなじくらいに空っぽだった、何もなくて、それがやっぱりかなしかった。手にいれたいものはたくさんあるのに。お金で手にはいるものではなくて。なんでみんな、イルミネーションとか、電飾パレードをみて、かなしくならないんだろう?本当にほしいものなんてみんなないのだろうか?わたしは欲張りなのか。じゃあどうしてみんな、嫌なことを我慢して生きていけるの?お金で満たされるから、なのかな。ああ。どこの中学生の焦燥でしょうかこれは。いつから何の我慢もできない自分になったのだろう。接待とも呼べる徹夜飲み会からこっそり抜け出して帰ってきたわたし。もう寝よう。
2007.11.17 Saturday ... comments(0) / trackbacks(0)
ワナ・ビー・ハッピー
川上未映子の『乳と卵』が読みたいばっかりに文學界12月号を休憩がおわる5分前くらいに小走りで買いにいって、うわあやばい読むのたのしみ。ってにまにまして、帰りは帰りでananにインタビューがのっているとかいうから、表紙の宮崎あおいちゃんの笑顔があまりにもきらきらしているのにつられておもわず買ってきた。わたし24年間生きてきてananを手に取るのがはじめてっていう驚愕の事実。買うのはなんだかどきどきしたのだけれど、だって、「幸運力」アップエクササイズ!ですよ、いまのわたしに一番足りていないものっていったらどう考えても「しあわせを呼びこむちから」以外には考えられず、これはもうおかしな影を背負ってるんじゃないか、というかむしろくすんでいるんじゃないのかしらん自分、っていう話で、そりゃanan買うよね、買うしかないよね。っていうはなし。川上未映子のインタビューは「ラッキーガール!」みたいな取り上げられかたで半ページくらいで、ちいさなものなのだけど、作家としてデビューするに至るまでの道のりが涙でる。そして、「”ご活躍ですね”と称賛される人のほとんどが、”私にはこれしかできないんだ”と無心でもがいているだけだと思います、きっと」この一言がなんだかもうずしんと、ずしんとくる!この一言だけでわたしの幸運力はいくらかレヴェルアップにちがいない!無心でもがく!って、いうかんじ。
って、ここまで夜眠るまえに書いたのだけどインターネットの具合がわるくなって更新できなかった。今朝は今朝で防音設備のない大家宅からピアノがうるさくってうなされるようにおきたし(4時間しか寝てない)ストレスの限界で胃がいたすぎるのでもう家賃はらわない、電話がかかってきたら逆ギレしてみる、いかに大家宅が迷惑かっていう日記も紙につけはじめた。ものすごい苛立っているいま!家賃はらわないで貯金してひっこしてやる!幸運力とはほどとおい気持ち。でも深夜1時まで働いて帰ってきて、何この仕打ち?
2007.11.16 Friday ... comments(0) / trackbacks(0)
東西線はあたしを乗せても新宿に降ろしてくれなくて
昨日の夜は川端康成の『眠れる美女』を読んでいたらなんだかおもしろすぎて一気に読んでしまいそうな勢いだったのだけれど、仕事に遅刻するのがこわい小心者なので途中でやめて眠った。バタイユとか読んでいたからなんだか。禁止の侵犯ていうか。まあ全部読んでいないからなんともいえないのだけど。
あのひとに対するわたしの気持ちは愛ではなくて欲心であったのだと結論づけたばかりなのだけどそれでもいちいち愛の普遍性をアピールされるのは、ひらたくいえばノロけているのを見かけるのは、気分がよろしくないものなのだけど、こういう夜は椎名林檎を聴くと、涙が出るなあ。『勝訴ストリップ』とか、たかだか高校2年とかそこらであったわたしは、この作品の何も理解できていなかったようにおもうよ。それだけ切実に痛々しいよ。「あたしが望んだこと自体矛盾を優に超えて一番愛しいあなたの声迄掠れさせて居たのだろう」わたし今ものすごい矛盾のなかにいてそれは何ていうかもう罪と罰。論理性があるようにみえて超越して引き裂かれそう。ああ、今のバンドは申し訳ないけどあまり好きじゃないし聴いてない。
話はかわるけれども文章を読んでいて、目がきちんと世界に対して開かれている、そういうのはうつくしいなあとおもう。わたし、自分のことしか書いていないなあって、おもう。風の吹きかたとか雲のながれかたとか花の咲きかた。そういうことに気付けるっていうのがいま一番うらやましいとおもって、ああ、と考えてみたのだけれど、新宿と自宅の往復の間に見出せるものなど何も無く、ああいうもはや無機質なひとのかたまりのなかに飛び込んでいっておもうのは、自分を守るために自分のことだけ考えるのだなあって。実家に一ヶ月くらいゆっくりとかえりたいと、仕事中ずっと考えてた。冬はいやだから春から夏くらいがいいのだけど。
2007.11.15 Thursday ... comments(0) / trackbacks(0)
癒し、(吸収による自浄作用)
ひさしぶりに学校に行って、学校は東京都の山のほうにあるのだけれどとてもさむかった。とりあえずマフラーがなくても厚手のジャケットだけで平気だよね、っていう気分なのだけどあちらのほうは薄手のコートにマフラーでちょうどいいのかもしれないっていう按配。わたしは春先までその東京都の山のほうに住んでいたのだけど、ほんとうに気温差が存在することにおどろき、ショックであった。そう、最近めっきりと気温がさがってきたなあというのは徐々にはじまりつつあるクリスマスイルミネーションで実感する。秋なのだなあって思っているのだけれど実はもう冬だ、ああ今年もわたししあわせになれんかった、ってすこしだけさみしくなるのだけれど、そこまでしあわせになるための努力もしていないのだから不満を口に出すこともゆるされない。
きょうはゼミに出席したのだけれど、わたしの感受性のふるさとというものがもし存在するのならば、ゼミっていうのは非常に重要な存在で、ほんとうにこころがささくれだって栄養を受け付けないような時期でも、出席がなかなか厳しいのでけっこうきちんとゼミだけは出ていて、それで毎回何かしらの刺激をうけていた。ほんとうにあのゼミで、毎回出席していてよかったとおもう。きょうもなんだかたくさんの刺激をうけて、長い電車の時間はSubtleを聴きながらバタイユとか読んでいて、こころがリフレッシュしたようだった。こういうことでリフレッシュできるじぶんが嫌いじゃない。海外旅行でもエステでもなくって、音楽と本と映画があればこころの充足が得られるっていうのはしあわせなことだ。ああわたししあわせだな、結局しあわせなのだなあ。こういうしあわせをわかちあえるひとと出会う、っていうのを来年の目標にしたくおもう。(へんな結論)ゼミがおわったあとは飲み会で、ちゃんこ鍋をたべたのがはじめてだったのでうれしかった、あ、今年度初鍋、けっこうわらった。たのしかった!なんていうか、きょうは、何ヶ月かぶりにいったらみんながほんとうに成長していたのがとてもショックだった!わたしもがんばらなくちゃなあと頬をぶたれたような気持ちになった。帰り道で本屋によって3冊くらい買った。23区内はやっぱりそんなに寒くないみたいだった。
2007.11.14 Wednesday ... comments(0) / trackbacks(0)
疲労の極限にて言葉を引きずり出すということ
絶対になにがあっても毎日何かしらの文章を書く、ということをつづけようとおもっていたのだけれど、極度の疲労はそういう努力の萌芽っていうものを根こそぎかっさらっていったようにおもう、それくらい疲れて、眠くて、時間もなくて、追い詰められていた!とりあえずいそがしい4日間が終りこれからはこころの栄養補給と吸収にいそしみたいとおもう。おわってみるとわたしはここにいてよかったなあとおもう。それくらいまわりの人たちに恵まれていて、こんなに恵まれているのにこころが不満をさけぶのはなぜだろう、とすこしだけ不安になる。不安といえば昨日(きょうの朝)打ち上げで朝までカラオケ飲みコースだったため(大学生か!)、お肌がぼろぼろにならないか不安なのだけど、コスメデコルテの美容液をつかいはじめたらとても調子がいいので、このまま持ちこたえてほしい……!
明日ははやく起きたいなあ。
仕事ばかりしていたものだから(ほんとうに)、いざ日記とはいっても書くことがないのだけれど、そういえば、今日のお昼にインターネットで買っていたベッドカバーセットが届いたのだった。これだけ替えて、あとはお化粧もおとして、眠ります……(きょうも音楽をゆっくり聴く余力など、ない……)こんな疲れきった日記はおもしろくないな。自分のための記録の意味もこめて書くけれど!(きょうおもしろかったこと?おひるに食べた炒飯がおいしかった、夜にはキハチのサンデーも食べたけれど二日酔のせいか具合がわるくなった、というよりきょうは一日中二日酔のせいか具合がよろしくなかった)
2007.11.13 Tuesday ... comments(0) / trackbacks(0)
| 1/8 | >>